そんな会話の後の朝食は和やかに進み、ソロは添えられたデザートもしっかり平らげる事

が出来た。

「ああ美味しかったv」

「よかったですね。少しは食欲も戻って来たようで。」

「うん。もうね、あんまり背も痛まないみたいだよ。熱もないし。」

朝散々泣いた割に、発熱まで至らずに在った。それは確かに回復の兆しであろう。

「そうですか。それは本当によかった。」

「それで‥ソロ。今日はどうするのだ? 昨日話したように、お前が仲間に会う気がある

 なら、適当に連れて参るぞ?」

にこにこと機嫌の良さそうなソロに、ピサロが話しかけた。

「‥うん。やっぱり…会いたい‥かな。

 ね、クリフト。本当に、オレ…どこも変じゃない?」

「ええ‥どこも。大丈夫ですよ。」

にっこりと言われて、ソロもコクンと頷いた。

「…では街へ行って来よう。お前の様子も伝えねばならぬだろうから、すぐは戻れぬぞ?」

「うん解った。いってらっしゃい。待ってるね。」

「神官、ソロを頼んだぞ。調子に乗ってあまり動き回らぬよう見張ってやれ。」

「ええ判ってます。いってらっしゃい、ピサロさん。」



「クリフトぉ〜。」

ピサロが移動呪文で出掛けると、不服そうにソロが声を出した。

「2人してオレを子供扱いしないでよ。さっきは大人っぽくなったって話してたのに。

 全然子供扱いじゃないか。」

「おや‥ソロは子供扱い嫌いですか?」

にっこり笑ったクリフトがソロの隣に腰掛けて、そっと抱き寄せた。

「見た目は大人びたかも知れませんけどね。

 行動が幼くなってますから‥合わせたんですよ? ‥お厭でしたか?」

よしよし…と甘やかしてくる腕に、ソロが身を委ねる。微睡みながらぽつんとこぼした。

「…厭じゃ‥ない。…安心するかも。」

「いろいろな事が重なりましたから。魂が休息を求めてるのかも知れません。

 ですから‥今しばらく、のんびり過ごして下さい。」

翠の髪を梳りながら、静かに語りかけるクリフトに、ソロが安堵の息を漏らした。



「…それで。ソロの様子はどうなの?」

エンドール。宿の1室。

メンバーが集まった所で、ピサロはソロの様子を報告し始めた。

食は細いままだが、どうにか熱も下がり安定を始めた事を…

「‥それで。貴様らもあれの様子が気に罹ろう? 今日は少し落ち着いている分人恋しい

 ようでな。…2人程私と共に参れ。」

「え!? お見舞い行ってもいいの!?」

「はいは〜い! あたし行くわよ、絶対!!」

マーニャが早速手を上げた。

「私だって行きたいわ! ソロだってこちらの様子気になってるだろうし。ここは私が行

 かなくちゃ‥!」

「ソロの事が気になっているのは皆さん同じです。
 
 私もネネやポポロにもう毎日訊かれて…」

アリーナ・トルネコが主張すると、皆一斉に魔王へ縋るような眼差しを送った。

「是非自分を!」という強い意志の瞳の集中砲火は、なんとも居心地が悪い。

「…サントハイムの姫、そなたと‥‥そこの占い師、来い。」

「ええ〜!? ぴーちゃん、あたしは?」

「2人だ。それ以上は認めん。喧しいのは身体に障るからな。」

「姉さん諦めなさいな。ちゃんと後で報告するから、ね?」

ピシリと言い放つ魔王に、選ばれた妹が続き窘めた。



結局、ピサロと共に屋敷に向かう事になったのはアリーナ・ミネア。

マーニャはしきりに悔しがって居たが。ソロに負担掛けるのは本意でなく…泣く泣く諦め

るしかなかった。



「…あ。来たみたい。」

寝室のベッドヘッドにもたれかかって、ぼーっと本を眺めていたソロが、移動呪文の気配

を敏感にキャッチし、窓辺へ向かった。

「‥ああ本当だ。戻ったようですね。一緒に来たのは‥姫様とミネアさんですか。」

同じように窓から外を窺ったクリフトが、扉へ向かう人影を見て応えた。

「では…私も下へ迎えに行って参りますね。ソロはここで待っていて下さい。」

「うん、分かった。‥大丈夫。いいよ、行って。」

彼を一人残すのに逡巡したクリフトに、ソロが微笑みかける。

「じゃ‥ちょっとだけ、待ってて下さいね。」

そう言って、頬にキスを贈り寝室を出た。

残されたソロがふわり微笑んで、小さな吐息を落とす。

やがて。

足音が幾つも聴こえて来ると、続きの居間に人の気配が広がった。

控え目なノックの後、寝室の扉がゆっくり開く。

「ソ・ロ。気分はいかが‥?」

明るい声のアリーナが、そう伺って部屋に入って来た。微笑みを浮かべたミネアが後に続

く。2人の後には彼女達を連れて来たピサロも入って来た。

「アリーナ、ミネア、いらっしゃい。わざわざありがとう。」

ベッドの側へとやって来た2人に、ソロが微笑みかけた。

「やっと面会謝絶解除と聞いてね、やって来ちゃったわよ! どお、調子は?」

一瞬眸を曇らせたものの、すぐに明るい顔を作って、アリーナがにこにこと話しかける。

部屋に通される前、話を聞いていたのだが‥すっかり痩せた彼を目の当たりにすると、や

はりショックが走った。

「うん。結構元気‥だよ。ごめんね、こんなに長いコト臥せっちゃうなんて。

 勇者失格だよね、オレ。」

「何言ってるのよ。あいつの居場所が割れない以上、どちらにしたって旅は進まないんだ

 しさ。しっかり養生してくれないと、いざ決戦‥となった時困るんだし。そうでなくても

 身体は資本だもの。回復優先するのは当然でしょう? ね、ミネア?」

「ええそうよ。今は何よりソロは回復に専念して頂戴。

 それとね。旅のコトも心配いらないわ。まだ時間あると思うの。だってね…

 あれだけいろいろな土地を巡ったのに、未だ行方が掴めないなんて‥。水晶もなんの兆

 しも示さないままだし…。きっとね、あいつもあの戦いで酷いダメージ負って、進化の

 秘法を試すだけの体力回復に時間かかってしまってる‥って事じゃないかしら?

 大きな力の発動が感じられないのは、だからだと思うのよ。」

「‥そっか。あんなにあちこち回ったのに、何の情報もなしなんだ…」

ソロがぽつんと話すと、ミネアとアリーナが顔を見合わせた。

「どうしたの?」

「ええ‥とね。情報は来てるのよ? …全部外れなだけで。」

うんざり‥といった様子で、アリーナが肩を竦めてみせた。

「あ‥そうなんだ。」

「そうなの。なんかねえ‥魔物退治一行様‥って、エンドールに依頼来たりして。

 どうも勘違いされてるっぽいのよねえ…」

「くす‥でもアリーナが一番楽しそうに出掛けて行ってるのよ?」

「はは‥確かに。アリーナ、退屈はしてないんだね。」

「まあね。…でも、やっぱりあなたが居ないのは寂しいわ。」

しんみりと彼女が心情を吐露すると、ミネアも頷き口を開いた。

「そうね。姉さんもとても来たがってたのだけど。あまり大勢で押しかけては、疲れるだ

 ろう‥って。ピサロさん、あなたの体調とても気遣って下さってるのね。」

「え…」

頬に朱を上らせて、ソロが彼女達のやや後方に立って居るピサロを見た。つい‥と照れ隠

しのように目を逸らす彼に、ソロがふわり微笑む。

「そうよ。街だと余計な人気が身体に障るから‥って。最初はね、あなたを魔王に任せる

 形になってしまって、とても心配したのよ? まあ…クリフトも居るから、大丈夫とは

思っていたけれどさ。…でも。彼の言う通りにして正解だったのよね?」

「…いっぱい心配かけて、ごめんね?」

アリーナに頷いて答えたソロが、済まなそうに返す。

「そう思うなら、早く元気になって戻って来て欲しいわ。旅の事は後回しでいいの。

 ただ…大切な家族として、近くにありたいの。ね‥?」

「ミネア‥。うん、ありがとう…」

「‥ソロ。もう良いか?」

今にも泣き出してしまいそうなソロへ、ピサロが遠慮がちに声をかけた。

「‥あ、うん。ありがとうピサロ。2人を連れて来てくれて。

 アリーナ、ミネア、今日は来てくれてありがとう。会えて嬉しかった。」

「私の方こそ。元気そうなソロに会えてほっとしたわ。皆にもそう伝えるね?」

「ソロ‥早く戻って欲しいと言ったけれど。焦る必要はないのよ? 環境の良い場所でちゃ

 んと養生して…それからの話。私たちみんなあなたを待っているから。」

「うん‥みんなによろしくね。ちゃんと…元気になって戻るよ、オレ。」

「ええ‥待ってる。」

にっこりとアリーナが笑って、彼女達に付き添う形でピサロも寝室を後にした。



パタン…静かに扉が閉ざされると、アリーナがピサロに声をかけた。

「‥少しだけ、クリフトと話して来たいのだけど‥良いかしら?」

「…ああ。奴なら下の厨房だろう。」

「分かったわ、ありがとう。」

アリーナはタタッと小走りしてその場を去ってしまった。

魔王と占い師が場に残されて。ミネアがすっと面を上げる。

「‥ソロの事、どうかよろしくお願いします。皆の元へ戻れば、無理を重ねてしまうでしょ

 うから、きちんと回復するまで養生させてやって下さい。」

「ああ。そうさせて貰うつもりだ。」

「‥クス。本当に‥ソロの事考えて下さってるのね。償いかしら‥それとも‥‥‥

 まあどちらでも。彼を哀しませる存在じゃないならいいわ。」

悪戯っぽい表情は、どこかあの喧しい踊り子を思わせて。実はよく似た姉妹だったのかと、

内心うんざり思う魔王が渋面を作る。占い師はクスクスとそれに微笑で応えた。



見舞い客が帰った後、一人部屋に居たソロは、疲れを覚えたのかしばらくぼんやりしてい

た。それ程長い時間だった訳ではないが。翼のコトもあり、少々緊張しての対面だったの

で。何事もなく2人が退出した時は、安堵の息を知らずこぼしていたソロだ。

そんな彼が、庭先で何やら人の声が届いた気がして。ふと窓辺へ移動した。

バルコニーに繋がる窓のカギはとうに開放されている。

ソロはそっとバルコニーに出て、声の方向に目を向けた。

「‥‥‥!!」

茂みの向こうに見えた2つの人影が1つに重なる。

アリーナがクリフトに抱き着いて、何かを訴えているようだった。



――告白? まさか。でも‥‥‥



何事かを真剣に訴えている様子のアリーナに、ソロはどくり‥と鼓動が跳ね上がるのを覚

えた。不安が胸中に広がってゆく‥



クリフトはアリーナがずっと好きだった。

では、アリーナは?

彼女が好きだと告げたら…彼は‥なんと答えるのだろう?



ソロは踵を返すとベッドに潜り込み、どくんどくん煩く脈打つ鼓動を煩わしく思った。



いつもいつも‥アリーナの側に在ったクリフト。



ロザリーの為に進化の秘法に身を墜としたピサロ。



彼らの視線の先にある少女たちの姿を改めて思い、ソロは身震いした。



――やっぱり。

やっぱり…オレは、独りになっちゃうんだ。



暗闇の中白く輝く羽根が散り、誰とも知らぬ女性の甲高い笑いが響く…



繰り返される夢は未来の暗示。

そんな事をぼんやり思いながら。ソロは眸に溜まった涙を枕に含ませた。



独りにされる不安――それはどこまでもソロに付き纏い苛んでいた。






2006/8/18



あとがき

お久しぶりの本編です。
え…っと。前回でようやく「ピサ勇」に戻ったと思った方々には申し訳ないですが。
どうもソロくん、まだ駄目っぽいです(@@;

ソロが抱える「独りにされる不安」――その大元、元凶がいよいよ出て参りました。
子供の頃から繰り返された悪夢…
夏の新刊の方で明かされたソロの出生に纏わるエピソードでもありますが。
それがどうやらこちらでも表面化してしまいました。
これを乗り越えられたら、強くなれるかなあ…とは思うんですけど。

予定外な方向に向かってくれたので。
どうなるコトやら…(^^;

それでは。
ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!