「今晩は〜。お言葉に甘えてみんなで押しかけちゃいました。」

「まあみなさん、ようこそ。」

トルネコの家。昼間城へ赴いていた一同が、彼の自宅を訪れていた。

「もしかして‥あたし達が最後だった?」

奥の間から聴こえて来る賑やかな話し声に、マーニャが申し訳なさそうに訊ねる。

「まだソロ兄ちゃんが来てないよ!」

ネネの隣に立っていた息子のポポロが、彼女より先に返答をした。

「‥そうね。もう来てもいい頃よねえ‥。」

「ボク、呼びに行って来る!」

おっとり返すネネに、ポポロがせっかちに言うと、家を飛び出してしまった。

「あっ‥」

「‥私が追いますので。ではまた後程‥」

駆け出す少年につられるように足を数歩踏み出したアリーナを制し、クリフトが声をかけ

た。ネネに軽く会釈をすると、彼を追い、宿への道を急いだ。



かちゃ…

幾度かのノックの後、ポポロを連れたクリフトが、宿の部屋の扉を静かに開いた。

暗い室内に明かりを灯すと、ベッドで寝ている人影が確認出来る。

「あ‥兄ちゃん。なんだ…寝ちゃってんのか?」

ポポロが明かりに包まれた室内をテクテク進み、背を丸めて横になっているソロの元へ

歩み寄った。

「あ‥れ…?」

すっかり寝入ってしまっているソロの顔を覗き込んだポポロが、不思議そうに呟く。

ナイトテーブルに明かりを置いたクリフトも、何事かと少年の視線を追った。

「ソロ兄ちゃん…泣いてる‥?」

言いながら。彼はそっと指の腹を、ソロの目尻にひっそりと浮かんでいた雫にあてた。

「‥ん。…あれ‥‥?」

気配にようやく気づいたのか、ソロは小さく身動ぐと、眠そうに目をこすりながら身体を

起こした。

「あ‥兄ちゃん。」

「ん‥? あれ‥ポポロ? あれ‥ここ‥。‥悪い。オレ寝ちゃってたんだ‥?」

きょときょと周囲を見回して、状況を思い出したらしい彼が、罰が悪そうに笑む。

「兄ちゃん遅いから、迎えに来たんだよ!」

「ごめんごめん。クリフトまで面倒かけちゃったみたいで悪かったね。」

ぷんぷんと形だけ拗ねて見せる彼の頭を撫ぜながら、ベッドサイドに立つクリフトに、

ソロは声をかけた。

「いいえ。構いませんよ。…ソロ。大丈夫ですか?」

「え‥?」

いつもよりややぼんやりして見えるソロの額に、クリフトが手のひらを宛てがった。

「少し…熱がありますね。」

「え‥。そう…?」

ソロは自分でも確認するよう、額や首筋に手を当てた。

確かに、少し発熱してるらしい。

「ソロ兄ちゃん、風邪…? どこか痛いの?」

ポポロが心配そうに訊いてきた。

「あ‥ううん。別になんともないよ。きっと‥ちょっと疲れが出ただけだよ。」

「トルネコさんのお宅へは、どうなさいます?

 もし無理そうでしたら、その旨お伝えして、戻りますが。」

「‥うん。申し訳ないけど、お願いしていい? オレ‥部屋で休ませてもらいたいな。」

「では‥ポポロを送って、トルネコさんにお伝えしてから戻りますので。」

「オレは1人でも大丈夫だから。クリフトはゆっくりしてきなよ。」

「私がそうしたいんですよ。」

クリフトはにっこり微笑むと、ソロの頭に手を置いた。



「ソロ兄ちゃん、今度元気な時にウチに来てね!」

扉の入り口で、ポポロは努めて明るく声をかけた。

「うん。ごめんな、せっかく迎えに来てくれたのにさ。」

「ううん。仕方ないよ。その代わり、早くよくなってね、兄ちゃん。」

微笑み返すソロに納得したようポポロも笑うと、静かに扉を閉ざした。



「ねえ‥クリフトお兄ちゃん。」

街の通りを歩きながら、ポポロが小さく声をかけた。

「ソロ兄ちゃん‥泣いてたね? 誰かにいじめられたの? それとも‥かなしいの?」

「…哀しい夢でも‥見ていたのかも知れませんね。」

真剣に訊ねる少年の肩を引き寄せると、クリフトはそう静かに答えた。

「夢‥? 夢が‥かなしいの?」

「そうですね‥。」

「誰かがいじめたんだったら、ボクがやっつけてやれるのに…。

 夢じゃ‥なんにもできないね…」

ポポロが残念そうにこぼした。

「ポポロは優しいのですね。その気持ちをソロが聞いたら、それだけで暖かくなれますよ。

 きっとね。」

「そうかな…?」

不安気にクリフトを見つめる少年は、しっかりと頷いてくれる彼を確認すると、小さく微

笑み返した。





「‥ソロさんが…!?」

トルネコ宅。クリフトが事情を説明すると、トルネコが心配そうに眉を顰めた。

「ええ。ですから私も今夜はこれでお暇させて戴こうかと…」

「そうですね。独りは心細いでしょうし…。判りました。今ネネに2人分の食事を包んで

 貰いますから、それを持って行って下さい。」

「‥ありがとうございます。」



クリフトはネネが包んでくれた食事を持って、宿へと急ぎ戻った。

かちゃり‥

静かに部屋のノブを回し、そっと扉を開く。

小さく絞った明かりの中で、ソロは先程と同じように横になって眠っていた。

クリフトは静かに部屋へ入ると、部屋の奥にあるテーブルへと、持たされた包みを置いた。



「…あれ? クリフト戻ってたの‥?」

物音に目を覚ましたソロが、テーブルの横に立つクリフトの背中に声をかけた。

「はい、先程‥。丁度よかったです。トルネコさんが料理を持たせて下さったので、今

 並べていたところです。お腹空いたでしょう、ソロ。一緒に頂きましょう?」

「‥うん。」

オレはのろのろと、ベッドから降りるとテーブルに向かった。

「あまり食欲ありませんか?」

そんなオレを気遣うよう、クリフトが訊ねてくる。

「そんなことないよ。昼間ちょっと食べ過ぎちゃったから、あんまり減ってもいないけど

さ‥。」

そう苦笑しながら、オレは椅子に腰掛けた。

「そうでしたか。ソロも昼間外出なさってたんですね。

 用事‥というのは本当だったのですか?」

「ちょっと買い物にね‥。」

向かいの椅子に腰掛けるクリフトを見守りながら、答えを返す。

クリフトはそれに笑んで応えると、軽く手を合わせた。

「‥とりあえず頂きましょうか。ネネさんの心づくしですから。」

「うん‥。いただきます。」

オレは目の前に並べられた、まだ暖かな湯気を残すシチューを一口すくった。

「あ‥美味しい。」

「そうですね。これがトルネコさんが夢にまで見るという、ネネさん特製シチューなんで

 すねえ。」

テーブルの上には、他にいろんなサンドウィッチと肉料理・サラダなんかが所狭しと並べ

られていた。オレは幾つかの野菜が挟まったサンドウィッチに手を伸ばすと、ぱくんとほ

お張る。クリフトも手近のサンドウィッチを手に取ると、口元へ運んだ。



「ごちそうさま‥。」

「ごちそうさまでした。」

ネネさんの手料理をきれいに食べ尽くすと、クリフトがポットの紅茶を、空いたカップに

注いでくれた。

「あ‥ありがとう、クリフト。」

「思っていたより、召し上がられましたね。安心しました。」

クリフトはにっこり笑んで返すと、紅茶のおかわりを入れたカップを口に運んだ。

「うん‥。あんまし食べれないかと思ってたんだけど‥。美味しかったから‥。」

「良いことです。‥少し、元気ないようだったので心配してたんですが。食事が美味しく

感じられるうちは大丈夫ですね。」

「うん…そうだね‥。」

オレは小さく微笑を作ると、手元へ視線を落とした。

「…あの‥さ、昼間の話だけど‥。

 あの‥ね。もしも‥さ、ロザリーが難しい病気にかかっていて、それを治す為に…デス

 ピサロが進化の秘法を研究してるんだとしたら…。

 それでも、やっぱり忌むべき力だって‥クリフトは思う?」

オレは昼間アドンから話を聞いてて思ったコトを、彼に訊ねた。

「ソロ‥。」

「あっ。例えば‥の話だよ!? …あいつ、ロザリーには優しいみたいじゃん?

 だからさ‥そういう可能性ってないのかな‥と思っただけで‥‥‥」

怪訝そうに眉を寄せるクリフトに、慌ててオレは言い繕った。

「‥確かに。あの村での彼の評判は、悪いばかりではありませんでしたが‥。」

フーッと嘆息の後、クリフトは静かな口調で言うと、オレへと視線を向けてきた。

「もし仮に‥ソロの言う通りの目的が彼にあったとしても。

 それでも、やはり‥進化の秘法は用いるべきじゃないと思いますよ。」

「どうして?」

「自然の理を歪めるものだからです。」

「自然の理…」

「ええ。生命の始まりは1つであった‥という話を、ソロは聞いた事ありますか?」

オレはブンブンと首を横に振った。

「今地上には様々な動物・魔物がいますよね。人間・エルフ‥魔族、外見の差異があまり

ないのに、種族として大きく異なる存在もあります。

 けれど‥それらの種の歴史を大きく溯れば、1つの種に行き着くそうです。」

「1つの種…」

「それが現在の多種多様な生物へと変わったのは、それぞれが環境に適応して行く過程が

あったのだと‥。長い歳月を経て、今のような種が生み出されたのです。

 ですが‥。進化の秘法はそれを待たずに、種を変えてしまう可能性を秘めています。

 バルザックやキングレオの姿は、あなたもご覧になったでしょう?

 仮に‥それを病の為用いたとしても。なんの弊害もなく適うとは思えません。」

「だから‥間違った力だと‥?」

「はい‥私はそう思います。」

「そっか…」

「ただ…自分がその立場に立たされた時、だからそれを使わない‥とは申せませんが‥。」

「え…?」

「愛しい人を守る為に‥唯一残された手段がソレなら…と、考えなくもないですね。」

「クリフト…」

クリフトはきっと、アリーナのコト思って言ってるんだよね。

いいな‥アリーナは。こんなに大事に想っててくれる人が側に居てさ…

「いいね‥アリーナは。」

オレはぽつりと思っていたコトを口走ってしまった。

「ソロ‥。」

「大事に思ってくれる人が、側に居てくれてさ‥。

 クリフトは、どうしてアリーナに、ちゃんと告白しないの‥?」

「‥以前も申しましたが、立場が違い過ぎますから。」

クリフトが困ったように微笑んだ。

「立場‥か。‥‥‥難しいんだね。」

オレはそれだけ言うと、口を噤んでしまった。



―――やっぱり。いつかは決着つけなくちゃいけないんだよな。



あいつは魔王で。オレは勇者…なんだから。



「ソロも難しい恋をなさってるんでしたね‥。」

沈んだ表情の彼に、クリフトが静かに話しかけた。そんな彼の言葉に、ソロがハッと顔を

上げる。

「‥‥けど。…終わりに‥しないと。もう‥‥‥」

瞳を曇らせ、消え入るような声音でソロが呟いた。語尾を悸えさせながら‥

「ソロ…」



「クリフト。オレ‥ちょっと出て来る。…遅くなっても心配しないで。」

ややあって。沈黙を破るようカタンと立ち上がると、俯いたまま、彼にそう告げた。

「少し‥独りで考えたいんだ。」

なにかいいたげなクリフトの言葉を待たず、オレはそう言い残し、部屋を出た。



そう、終わりにするんだ。もう…

オレの気持ちがどうだって。あいつとオレは宿敵なんだから。

いつか…戦わなくちゃいけないんだから…。



だから‥‥



こんな感情‥‥もう‥いらない。



宿の屋上へ着くと、オレは冷たい夜風を受けながら、遠く瞬く星を見つめた。

白く輝く星の光がぼんやり揺らいで、頬を伝う涙の道が、冷んやり凍えた。

いつの間にか膨らんでた、内の熱を奪うかのように…



「ふ…っう‥‥。‥‥‥」



ぽたぽたと落ちる滴が、冷たい石壁に黒い染みを広げてゆく。

声を殺し泣くのが精一杯だったオレは、オレの様子を心配してやって来たクリフトにすら、

気づかずにしゃくり上げて居た。



(ソロ‥‥‥)

彼が向かった屋上へ足を運んだクリフトは、ひっそりと泣く彼の姿を認め、その足を止め

た。肩を震わせ噎び泣くソロの姿は、痛々しく映ったのだが、彼が独りになりたがった理

由を考えると、側へ行く事が躊躇われ、それ以上近づけなかった。



ソロがどんな相手と付き合っているのか、クリフトは知らない。

それ程深く考えた事もなかった。

けれど…

ひっそりと独り泣く姿を目の当たりにすると、何が彼を苦しめているのか、きちんと向き

合う必要があるのではないか? …そんな使命感がふと芽生える。

「‥‥‥‥」

クリフトは逡巡しながらも、今夜は静かに立ち去る事を決めた。



ソロの涙が彼の恋の相手にまつわるものならば、一筋縄では行かないと知っていたから。

割と単純なソロだったが、殊この件に関しては、信じられない程頑なに沈黙していた。

唯一得て居る情報と云ったら、男である事・好きになってはイケナイ立場である事‥と

いった、ソロが酔った際零した事柄だけである。

どこに住むのか、どこで出会ったのか‥どういった人物であるかすら、語ろうとしない。

せいぜい、意地悪だとか怒りっぽい‥といった性格がかい見えるくらいで。

その人物像はあまりに曖昧だった。



「‥少し調べてみましょうか。」

ぽそりと呟きを残し、クリフトは自室へ戻った。



ほおっておけない―――



その感情がどこへ向かうのか。想像もしないまま…



2004/11/27

あとがき

なんだかぴー様登場前が、やたらと長くなってしまったので、分けました。
次回こそ、ピサ勇で参ります(^^

っつーか。
実はソロくん、突っ走ってくれました☆
「もう・・・終わりに・・・・」
って台詞。予定に入ってなかったんですけど?(^^;
でもなんか。口に出させたら、「ああ、いっぱいいっぱいだったんだなあ・・」と
しみじみしちゃったりして。
すっごく疲れてるみたいですねえ、彼は・・・。

おかげで今後の2人のやりとりが、1から遣り直し状態ですが(++;
(まあ、脳内モードでの手直しですけどね☆)
どこへ向かうか、自分でも予測つかないですわ・・・(^^;

そうそう。これを完成させる前に、これまでの話を読み返したんですけど。
ソロって、思ってた以上によく泣いてますね(^^;
そんでもって、よく食べてる。←そして餌付けされてる?(苦笑)

最近ペースが落ちてますが、熱が冷めた訳じゃないので、ゆっくり更新しますv

・・・といったところで。続き楽しみにしてもらえたら幸いですv では!


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