「う‥っああ…!」

ゴットサイド。公園の林の中、クリフトに縋って泣いていたソロが、突然呻き声を上げた。



進化の秘法を阻止し、無事元の姿を取り戻したデスピサロは、次第を聞くと、共に戦う道

を選択した。

彼とロザリーを伴いやって来た街で。どうにも整理のつかない感情を持て余し、涙に暮れ

たソロだったが、突然その呼吸が乱れ、痛みに顔を歪めた。

「ソロ‥! また背が痛むのですか!?」

彼を支えながら、クリフトが心配顔で訊ねる。

「う‥んっ、ああっ‥‥くっ‥!」

時折訴えるようになった背の異変。痛みが走る事もままあったが、これ程酷い事態は初め

てだった。苦しげに顔を歪め、脂汗が滲む。すぐに宿へと連れ帰り、休ませねば‥と思っ

たが、激痛故か、じっとしているのも困難な彼を抱いて戻るのも躊躇われて、クリフトは

周囲を見回した。



その頃。

ゴットサイドの宿の部屋。

3人部屋に独り残されたピサロは、まるでそうなる事を待っていたかのように現れた腹心

の部下アドンに、報告を受けていた。

エビルプリーストが全ての元凶と知り、追っている旨を聞かされている最中、その耳によ

く知った声を捉えた。

「‥アドン、少し待て。」

報告を遮り、ピサロが窓を開け放ち耳を澄ます。

微かに届くその声は酷く苦しげに乱れていた。

「貴様はそのまま奴を追え。何か掴めれば報告に来るのだぞ。」

それだけ言うと、ピサロは部屋を飛び出した。

残されたアドンは、やれやれ‥と肩を竦めると、速やかにその場から立ち去った。



「く‥っああっ‥っ‥‥」

「何があった‥?」

苦しげに呻くソロを訝しげに見下ろし、いきなり彼らの前へと降り立ったピサロが訊ねた。

「ピサロ‥さん…」

「ピ‥サロ…? くう‥っ‥‥」

「おい神官、これはどうした事だ?」

「ええ‥実は‥‥‥」

「お前にはっ‥関係‥ないっ‥つぅ‥‥‥」

クリフトに縋りながら、ソロは険のある物言いで撥ね付ける。

「ソロ‥」

心配そうにクリフトがソロを覗う。

ピサロは舌打ちすると、強制睡眠呪文を彼へ唱えた。

スッとソロの身体から力が抜ける。ズルっともたれて来た彼をクリフトが支えてやると、

急に彼の身体が遠退いた。

ピサロは意識を失った彼を抱き上げると、視線をこちらへと寄越すクリフトに告げる。

「先に部屋へ戻る。」

「はい‥ソロを頼みます。」

優先されるのは彼だ‥と、クリフトは一先ずピサロにソロを委ねた。



一足先に宿の部屋へと戻ったピサロは、ソロを真ん中のベッドへ寝かせ付けた。

痛みが続いているのか、その寝顔は苦悶に満ちている。

熱を確かめるよう額に手を伸ばすと、汗ばんだ肌がじっとりと手に吸い付いた。

「ソロ‥‥‥」

発熱はしていない。ホッと嘆息したピサロが額に張りついた翠の髪を掻き上げた。

ぱたん。

部屋の前で騒々しい足音が止まったと思うと、静かに扉が開かれた。

クリフトが息を乱し戻ったのだ。

「ソロは‥?」

心配そうに訊ねると、ピサロが顎で示した。

「ソロ…。」

ほう‥っと吐息を吐くクリフト。ピサロは安堵の息をもらす彼を仕草で招くよう呼びつけ

た。

部屋の片隅で顔を突き合わせると、ピサロが催促するよう口を開く。

「貴様は知っているのだな? 話せ。」

ソロを起こさぬよう気を遣ってるのだろう、声は顰められていたが、横柄な物言いに、ク

リフトが肩を落とす。…流石魔王。ぽそっとそんな事を思いつつクリフトが説明を始めた。



「‥では。これが初めてではないのだな?」

「ええ。‥ここまで酷い痛みに見舞われたのは初めてだと思いますけど。」

「…この島の気が影響しているというのなら、何故、ソロはこの島へやって来たのだ?」

「それは私にも‥。ソロはこの島を敬遠してましたから。」

クリフトは少し呼吸が静かになったソロへ目線を移し、嘆息した。

「ただ…背に違和が走るのには、ソロの感情の揺れが影響しているようで‥‥

 大分混乱してたみたいですからね…」

チラっと冷ややかな視線を送って、クリフトはソロの元へと歩いて行った。

すっかり夜に染まった室内に、クリフトが付けた蝋燭の明かりが灯る。ソロが眠るベッド

サイドへ置かれた明かりは、優しいオレンジ色で周囲を包み込んだ。

「‥何故、わざわざ明かりを?」

ベッドサイドに椅子を移し座り込んだクリフトに、不思議顔のピサロが訊ねた。

明かりが必要だとしても、眠りを妨げぬ為にも、少し離した方がいいのではと考える。

「…闇が苦手だからです。こういう時は特にね。」

「何‥?」

「ああ‥あなたは知らないかも知れませんね。酷く厭うようになったのは最近ですから。」

クリフトの言葉に何か言いかけたようと口を開いたピサロだが、声を発する前にソロが身

動ぎ目を覚ました。

「…ソロ、気が付きましたか?」

「クリフト‥。」

「まだ痛みますか?」

「‥ううん。もう平気。」

心配気に覗き込んで来るクリフトにふわりと微笑むと、ソロが身体を起こした。

視界が広がると、ベッド脇に立つもう1つの人影が目に入る。ふと目線を上げると、そこ

にピサロの姿が在った。ハッと現状を思い出したのか、ソロの顔がみるみる強ばる。

つい‥と視線を反らせると、きゅっと拳を握り込んだ。

「‥背を見せてみろ。」

そんな様子に嘆息した後、ピサロが彼に声をかけた。

びくん‥と身体を悸わせたソロが、否定を示すよう首を横に振る。

「‥いい。必要ないから。」

「‥原因が判らねば、悪戯に不安を煽るだけだと思うが?」

静かに言い聞かせるようピサロが語りかけると、クリフトも同調したのか援護する。

「ソロ、確認させて下さい。本当は心配なのでしょう‥?」

「クリフト‥。でも‥‥」

「大丈夫です、診るだけですから。」

逡巡しながらも、ソロはこくんと頷いた。

もそもそと上着を脱ぎ、背中を2人へと向ける。柔らかな明かりの中映し出される背には、

なんの異常も見受けられなかった。

「…確かに、どこにも異変は見当たらぬようだな。」

「ひゃ‥っ。」

確かめるよう触れられて、ソロは躰を跳ねさせた。

「なんだ? どうした?」

訝しげに眉を寄せ、やはりどこか変調があるのかと、ピサロが再度背に手を滑らせた。

「やあっ‥。駄目っ‥‥」

吐息交じりに身を捩るソロが、艶めいた声を上げる。

「はい‥ピサロさん。もう触れないで下さいね。」

躊躇したよう手を止めたピサロに離すよう求め、クリフトが間に入り込んだ。

「ソロ‥服を着て大丈夫ですよ。どこにも異常はありませんでした。」

ぽんぽんと肩を叩き、にっこりとクリフトが促した。

「‥だからっ、なんともない‥って言ったのに…。」

頬を薔薇色に染め上げ、息を乱したソロが不満げにこぼす。

「すみません。やはり気に掛かったものですから。」

でも‥ソロも安心したでしょう?…優しく声をかけながら、クリフトがソロを抱き寄せた。

「痛みが引いたのでしたら、食事に行きますか? お腹空いてるでしょう?」

昼食をまともにとらなかったソロだったので、そう言われると途端に空腹が襲って来た。

大分呼吸の整って来たソロがコクッと頷く。

ソロはクリフトに支えられるよう、そのまま部屋を出て行った。

「‥‥‥‥」

残された魔王が眉根を寄せる。正直、非常に不愉快だった。



「ピサロ様。」

彼らに続いて食堂へと向かったピサロは、テーブル席に座るロザリーに声を掛けられた。

ふい‥と全体へさっと視線を向けると、カウンター席にソロとクリフトの姿が確認出来た。

「ピサロ、あんたもこっちへいらっしゃいよ。」

彼女と同じテーブルに着く踊り子が、ひらひらと手招きした。ロザリーも微笑んでいる。

ピサロは小さく吐息をつくと、彼女らのテーブルへと向かった。

「せっかく久しぶりに逢えたのに。部屋割り別々になっちゃってゴメンね、ピサロ。」

「まあ‥マーニャさん。何度も申しましたが、私とピサロ様はそのような間柄では…」

かあっと頬を染め、ロザリーが口ごもる。今まで見られなかった反応に、ピサロが怪訝そ

うな表情を浮かべた。

「‥女、何か妙な入れ知恵でもしたのか?」

「入れ知恵‥って。失礼しちゃうわね。ごく普通の女の子の会話よ。彼女って今時珍しい

くらい無垢なのねえ‥。驚いちゃったわ。」

「そんな。私何も知らなくて。マーニャさんのお話は大変勉強になります。」

「…ロザリー。そなたをここへ置いておくのは、問題かも知れぬな。」

「まあ! どういう意味よ、それ!?」

深い溜め息を落としたピサロに、マーニャが噛み付く。

だが、注文を取りに来た主が口を挟めず途惑ってるのを知ると、彼女はピサロにメニュー

を手渡した。

料理を頼むと、運ばれて来たコップを手に取る。一口喉を潤すと、ピサロはカウンター席

へ目線を移した。

「あら‥ソロが気になるの?」

マーニャが揶揄かい交じりに声を掛けてきた。

「…アレはなんなのだ?」

「は‥?」

「…随分と親しいようだが?」

再度言葉を足され、ようやく言いたい事が通ったのか、マーニャがクスクス笑い出した。

「ああアレね。何‥部屋でもベタベタしてた訳、あの2人。本当仲良いわねえ‥」

ほとんど表情に変化を見せないピサロだが、ほんの少し憮然となる。その様子にロザリー

が心配顔を向けた。

「ん〜まあ、隠してる風でもないからいいか。見ての通りの仲みたいよ、あの2人。

 一時ソロが大変で‥その頃に出来上がっちゃったみたいなのよねえ…。悔しいコトに。」

自分も狙ってたのに‥とマーニャが最後に嘆息した。

「ピサロ様‥」

眉間の皺が更に深くなった彼に、気遣うような声が掛かる。

隣で不安そうに彼を覗うロザリーに、マーニャもどうしたのだと覗き込んだ。

「‥‥‥‥」

冗談のつもりで言ったのだが‥まさか当たりなのだろうか? マーニャが怪訝な顔でピサ

ロとその視線の先のソロを見やる。

「‥最近やっと落ち着いて来たトコだから、あんまり変なちょっかい出さないでね。」

クギを刺すようマーニャが魔王を睨め付けた。