翌朝。

数日来の疲れがすっきりと取れ、気持ち良く目覚めたアルフレートは、上体を起こし

「う〜ん」と伸びをすると、狭いベッドでくっつき合って眠っていた相手を見て、ギョッと

一瞬目を瞠った。

互いに何も身につけず、ぴったり寄り添い眠っていたのは、共に旅をする相棒ルーク。

「…あっ、そうか‥」

しばらく昨晩の経過を必死に思い返して、ぽむっと彼は手のひらを打ち納得顔を浮かべた。

それからあの不審な姉妹の存在も思い出す。

アルフレートはまだ深く眠ったままのルークを気遣うようその顔にそっと手を伸ばすと、

ほんのり寄せられた眉をすっと辿った後ベッドを降りた。

ただ眠ってるだけのように見えるルークに安堵し、ベッドを出たアルフレートが素早く

着替えを済ませる。

剣を持ち、周囲に神経を張り巡らせて、アルフレートは静かに部屋を抜け出した。



すべての部屋と小屋の周囲にも人の気配は残っていなかった。

アルフレートはほうと息を吐いて家の扉をしっかり閉ざすと、テーブルの上に何やら紙切

れが置かれているのに気づいた。用心しながらも側へ寄り、手に取る。



《 昨晩は愉しい夜をありがとう。

 またいずれ、お逢いしましょう、王子さま。

 そうそう、意地っ張り王子さまには少し無茶しちゃったから。

 お詫びに中和剤置いてくわね。薬が残ってたら試したら?》



…薬? 中和剤‥?



紙の重しになっていた小瓶には、何やら液体が揺れていた。

アルフレートはとりあえずそれらを手に、ルークの眠る部屋へと戻る。

ベッドの中には、先程と少しも変化のない格好でルークが深く眠っていた。





「…ん。あれ‥‥?」

昼近くになって。ルークがやっと深い眠りから目を覚ました。

「よお。‥どうだ、気分は?」

「え‥。‥っつ、あれ‥‥‥?」

ぼんやり目を開いたルークの頭上に気遣うような声がかかって、躰を動かそうとしたルー

クが顔を顰めさせて、目をパチパチさせた。

「どこか痛むのか?」

「‥あ、うん。…なんか‥躰が重くて、動けないんだけど‥」

グリーンの瞳をぱちくりさせて、ルークが状況を説明する。

「‥気分は? 調子悪いとことかねーか?」

「え‥あ、うん‥多分。ただ…よくわかんないけど、動けない‥‥‥」

心配顔を寄せられて、少々退避ぎながらもルークが答えた。

「そっか‥。お前‥昨晩の事、覚えてねーの?」

「え…昨晩? ‥‥‥‥‥あっ。‥‥‥‥」

少し躊躇いながら訊ねられて、ルークが思考に更けると、みるみる顔が朱に染まった。

「あ‥あの‥‥‥っ、つう…」

どぎまぎ何事か紡ごうとして、じたばたさせたルークが痛みに顔を歪めさせる。

「馬鹿。無理するな。おとなしくしとけ。」

そんな彼を制し、ベッドに寝てるよう慌ててアルフレートが促した。

「えっと‥、まずは状況確認な。昨日俺らをこの家へ招いた女と、その姉とか名乗った女

 は消えちまったらしい。多分‥もう戻っては来ねーだろう。奴らが何の目的であんな事

 仕掛けて来たのか解らねえけど。とりあえず、ここで身体を休めていても危険はないだ

 ろう。」

ベッド端に腰掛けたアルフレートが、簡単に現状を説明した。

「でも…彼女達がまたやって来ないとは、限らないだろう? 早く町へ移動を…っく。」

「まあまあ‥。何の根拠もなく言ってるんじゃねーよ。ほら…」

身体を動かすのが辛い様子のルークを宥めて、彼はひらっと手紙を見せるよう目の前に

広げさせた。その文面を眺めていたルークの顔色が赤くなったり青くなったり変化する。

よくは理解出来ないが。確かにもう、彼女達はここへ戻っては来ないだろう事は推察され

て。ルークは大仰に溜め息を吐いた。

「とにかくさ。今はまだ動くの辛いんだろ、ルーク。おとなしく寝て回復に専念してろよ。

 一応ここの本当の家主が戻って来た時の為に、俺部屋の片付けするから。せめてそれが

 終わるまで、のんびり寝てろ。‥と、その前に。何か食べるか?」

「‥なにも。じゃ‥アルフには悪いけど。少し寝かせて貰っていいかな?」

「ああ。ゆっくり休んでいいぜ。」

にっかり笑うアルフレートの姿に少し微笑を浮かべた後、ルークが瞼を閉ざした。

すぐに始まる寝息を眺めて、アルフレートがそっと吐息をつく。

青白い顔したルークの頬に静かに手のひらを添えさせて、金の猫っ毛を梳った。



結局夕闇が迫る刻限まで、ルークは昏々と眠り続けた。

散らかった部屋を片付け、食事を済ませ、アルフレートはランプに明かりを灯すと、ベッ

ドサイドにある小机にそれを置き、彼が眠るベッドと並んだもう片方へ腰を下ろした。

頬杖ついて、静かに眠る彼を眺めていると、小さく身動いた後、ゆっくり瞼が上がった。

「…ん。あれ‥?」

「ルーク。どうだ、気分は?」

「アルフ‥。あ、そうか‥ここは…っつ、う。いたっ…」

身体を動かそうとしたルークだったが、途端顔を歪めさせ呻いた。

「まだ動けねーのか?」

心配そうに、アルフレートが彼を覗き込む。

「あ‥うん。そーみたい。…参ったな。」

「それってさ、昨日盛られたらしい薬のせいとかもあるんじゃねえ?」

わざわざ中和剤とやらを置いていったのは、これを予感してかと考えたアルフレートが、

小机に置いてあった手紙と小瓶を手に取り訊ねた。

「…中和剤だったっけ?」

彼が持つ瓶を眺めて、ルークが吐息混じりに呟く。確かに。身体が泥のように重い原因は

昨日の行為に拠るものだけとも考えづらい。あのおかしな作用を齎す薬が、まだ身体に

残っているとしたら…そう考えて、ルークは不安に煽られた。

「‥それ、よく見せてくれる?」

「ああ、いいぜ。」

彼によく見えるように。アルフレートが目前へと瓶を掲げる。

「中身も確認したいんだけど…」

そう言って、ルークは匂いを嗅いで、蓋に少量注いだ毒々しい液体を舌で確かめた。

「…だ、大丈夫か?」

「‥うん。毒とかではないと思う。‥僕、飲んでみるよ。」

「ほ‥本当にいいのか?」

「まあ‥死にはしないと思うよ。

 僕らの命が目的なら、昨晩のうちに奪っていったろうし。」

「…確かにな。俺達あいつらにすっかり遊ばれた‥って感じだもんな。」

苦く笑うと、アルフレートはルークの口元へ小瓶を運んだ。

コクコクコク‥

苦みはあるが、喉を通るとすうーっと身体全体に染みてゆくような液体を一瓶飲み干して、

ルークはほお‥と息を吐き切った。

「ど‥どうだ?」

ハラハラと様子を見守るアルフレートが訊ねる。

「うん‥」

ルークは彼に上体を支えられたまま、大きく深呼吸を繰り返し、ゆっくり腕を上げてみた。

「‥あ。動く‥よ。うん‥なんか強ばってた筋肉が、解れてきた気がする…」

ゆっくり拳を握っては緩め、肘を曲げては伸ばして。ルークがほっとしたよう微笑んだ。

「よかった‥。これなら、昼間のうちに飲んでいればよかったな。」

「うん、まあそうだけど。仕方ないよ。出来れば服用せずにいたかったもの。」

「まあそれもそうだな。でも本当に心配したぜ?」

「うん…ってさ、アルフ顔近いよ?」

もう支えがなくても大丈夫そうなのに、しっかり背に腕を回したままのアルフレートが

正面から間近に顔を寄せて来て、ルークが途惑うように口を開いた。

「えっ? ああ、悪い悪い。」

頬をうっすら染めるルークにつられたように、アルフレートも頬に朱を走らせて、ぱっと

腕を離し、立ち上がった。



「…どうだ。調子は。」

食欲も少し戻ったらしいルークに、温め直したスープを持って来たアルフレートが、ベッド

から起き出し軽く身体を動かしている彼に声を掛けた。

「ああ‥うん。酷い筋肉痛‥みたいなのは残ってるけど。大丈夫みたい。」

「そっか。ならよかった。んじゃ、後はしっかり食って、体力回復させないとな。」

「ありがと、アルフ。」

明るく笑む彼にルークも笑んで返すと、今日初めての食事を始めた。

「アルフはもう済ませたの?」

「ああ。お前が寝こけてる間にな。」

「寝こけて‥って。まあ‥その通りだけどさ。…でも、早くお暇しないとね。」

彼が持って来たスープとパンを腹に納めながら、ルークは早々にここを立つつもりでいる

事をアルフレートに伝えた。

「まあ、お前が大丈夫ってんなら、それでもいいけど。ここまで来たら‥

 もう一晩厄介になっても、一緒じゃね?」

本来の家主が戻った方が勝手に上がり込んでいる状況を説明し、詫びる事も適うから‥と、

アルフレートが提案すると、ルークも納得し了承した。



「…ね、アルフ。」

それぞれのベッドに横になって明かりを落とした室内で、ルークがぽつんと声をかけた。

天井を見つめていた彼の目線が、身体を横に向けてこちらを覗う王子へ移る。

「‥その。…ごめんね‥?」

「え…?」

申し訳なさそうに謝って来るルークを、アルフレートが意外そうな顔で見返した。

「だって…僕が迂闊だったから。君を巻き込んじゃって‥。本当にごめん…」

「何言ってんだ。お前は何も悪くねーだろ。」

眸を曇らせるルークに、バッと身を起こした彼が慌てたように否定する。

「‥元々最初に油断したのは俺の方だしな‥」

罰が悪そうに頭を掻きながら、アルフレートがぼそりとこぼした。

「そういえば‥アルフは身体、大丈夫? あの女に‥何かされなかった?」

「う‥された‥ってゆーか。した‥ってゆーか。まあ…」

さっと頬に朱を走らせて、気不味そうにしどろもどろとアルフレートが返す。

「…いや、そっちじゃなくてさ。何か‥妙な事、されなかったかと思って。」

ルークが赤面しつつ、案じるように訊いた。

「うう〜ん‥そう言われてもなあ。俺、眠らされたみたいだったし‥」

行為の後知らぬ間に意識を手放してたのだと、アルフレートが説明する。

「お前の方はどうなんだ? 昨晩のアレって…何か盛られてたんだろ?」

「‥うん。何か使われたね。…それだけじゃないと思うけど。あの人達から、時々目眩

 しそうな魔力を感じて、ゾッとしたもん。」

「俺とお前の身分知った上で、ちょっかいかけて来たみたいだしな‥」

「うん。そこがどうにも気になって。目的が分からないし…」

「確かにな…。ま、考えたって分からない事は置いておくとして。ルーク‥」

上体を起こして、アルフレートがまっすぐ彼を見つめた。

「な‥何、アルフ…?」

「お前さ‥‥」

言いかけたアルフレートが黙り込むと、まじまじルークを眺めた。


           









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