その3



 傷つき迷い込んだ鳥が我が家に来てから3日が過ぎた。

 沸騰してるんじゃないか…とツッコミたくなるくらいの高熱に浮かされてた丸2日間。

時折意識が戻った彼と何度か言葉を交わしていたんだが、3日目の今、とんでもない事口にし

やがった。



「…えっと。俺はどうしてここに居るんだ?」

やっと単に(?)高いで済む熱にまで下がったこの日。重だるそうに上体を起こした鷹耶は、

不思議そうに部屋の様子を窺った。

「は? 何言ってんだ鷹耶? 寝ぼけてんのか?」

いつも通り隣に寝ていた俺は、ようやく起きるまで回復した彼の台詞に、眉根を寄せた。

「ここ‥どこ? エンドールなのか?」

「お前…本気で言ってるのか?」

「ルーエルに頼まれた手紙を、届けようと歩いてた気がするんだけど‥‥」

「そう。その手紙を持って、お前は俺ん家に来たんだよ。

そのままぶっ倒れやがったから、今まで看病してやったんだろーが。」

「じゃ‥あんた…」

「そう。その手紙の宛名にあったオルガだよ。そこから行くか?」

うんざり顔でオルガが毒づいた。

「お前…すっげえ高熱に浮かされてたんだぜ。俺の家の玄関で倒れてから、今日で3日

目だったりするのさ。」

「3日? そんなに無駄にしちまったのか?! しまった!」

ベッドから慌てて飛び出そうとした鷹耶は、そのままずしゃりと床に座り込んでしまう。

「っつう〜。なんだ、一体?」

全身に走る激しい疲労感。特に腰の辺りに重く鈍い痛みが広がっている。

鷹耶は腰を擦りながら、思い通りに動けない身体に呆然とした。

「ああ。あんだけ高い熱に浮かされてたんだ。なんともねー訳ねえな。

昨夜はちょっぴり運動もしちゃったからな。」

へたり込む彼に、意味ありげな笑みを浮かべたオルガが話した。

「‥‥運動って、何だ?」

「忘れたままにしとけよ。」

オルガはそう答えると、ベッドから降り鷹耶の前に立った。

「ほら‥手貸してやるからさ。まだベッドで休んでろ。熱だってまだ高いんだからさ。」

彼に支えられるようにベッドへ腰掛けると、そのまま鷹耶は横になった。

「少しは食べられそうか?」

「わかんねー。」

横になったまま、必死に記憶を辿る鷹耶が小さく答えた。



「う‥。本気で思い出せねー‥‥。」

寝室を出て行く姿を確認した後、独り残された鷹耶が零した。

エンドールに着いてから。目指す家に辿り着くまでの道のりは、おぼろげながらも記憶

にある。ここで彼の世話になってたらしい事も、なんとなく信じられる。

全身の痛みが高熱によるもの…というのも事実だろう。

だが‥‥この腰の痛みは――――

 かちゃり。オルガがトレイを持って戻って来た。

「リンゴをすりおろしてきた。これなら食えるだろ?」

差し出された小さな器を、鷹耶は受け取った。

「それが大丈夫そうだったら、スープでも作ってやるよ。

ひとまずそれで腹を落ちつけてみてくれ。」

「サンキュ‥。」

鷹耶は少しずつスプーンを使って口に運んでいく。

「良かった。少しは食欲出たみたいだな。」

彼の頭にぽんと手を乗せた後、オルガは朝食の準備にかかるからと出て行った。

「‥‥‥‥」

側に居られると、どうにも落ち着かないのに、部屋を出て行く姿を見ると居たたまれなさを覚える。

そんな思いを抱えながら、甘酸っぱいリンゴを黙々と平らげる鷹耶だった。



「お。全部食えたじゃないか。どうだ? 今スープ仕込んでるけど、食えそうか?」

家事の合間に様子を覗いたオルガが、きれいになった器を見て話しかけてきた。

「…いや。なんかこれ以上は無理そう‥。」

「そっか‥。まあいきなりはな。少しでも食えて良かった。

 あ、氷枕も替えないとな。後で薬持って来るから、それ飲んだら休んでろ。」

「あ…。え‥と。世話かけるな。」

「ルーエルからも頼まれてるからな。エンドールには知り合い居ねーんだろ?

 まあ遠慮するような家じゃねーから、ゆっくりしてけ。」

笑いかけるオルガに、曖昧な笑みを浮かべる鷹耶。彼は小さく吐息をつくと、台所へと戻って

行った。



「じゃ、一応昼には戻って来るけど、大丈夫か?」

出掛ける仕度を整えたオルガは、ベッドに横になる鷹耶に声をかけた。

「何が?」

「何‥って。まあいい。ちゃんと寝てろよ? 体調が回復するまで旅はお預けだ。」

「…判ってる。どうせ身体中痛くて動けねーよ。」

不て腐れ気味に吐き捨てると、顔を覆うように布団を被った。

(あんなに可愛げあったアレは、なんだったんだ?)

部屋を出て行くだけでも、不安そうな瞳をさせてたくせに。独り残る事をあんなに嫌がってた

のに…。でもやっぱり。こっちが本来の性格なんだろうな。そう考えると、諦めにも似た溜息

が零れるオルガだった。



「よおオルガ。今日は余裕ありそうだな。」

大通りをのんきに歩いている彼に、氷屋ヒューが声をかけて来た。

「よおヒュー。あんたが朝っぱらからうろついてるなんて珍しいな。」

「はは。市場の方から頼まれてな。一仕事終えてきたばかりさ。」

「そっか。氷屋も繁盛してるじゃないか。」

「まあな。そっちの病人の様子はどんなだい?

 その様子じゃ快方に向かってるみたいだが?」

「ああ。大分落ち着いたみたいだな。落ち着きついでに性格まで変わっちまって、なん

だか狐に抓まれてる気分だけどな。」

「なんだそりゃ?」

 オルガは掻い摘んでの様子を説明した。

「ははは! そりゃ気の毒にな。なかなか興味深い坊やじゃないかね。」

「確かにな。この数日振りまわされっぱなしだぜ。」

「退屈しなくていいじゃないか。そうそう。今日は氷どうする?」

「ああ。また夕方…あ、いや。今日はこの書類仕上げるだけだから、午後には戻ってる

と思う。適当に時間見て来てくれ。」

「了解。そん時その坊やにも一度会わせてくれや。」

「元気そうだったらな。」

小さな路地へと足を向けたヒューと別れると、オルガは少し足早に大通りを抜けて行った。



「ただいま。」

 オルガは買って来た荷と持ち帰った書類をテーブルに置くと、寝室に顔を出した。

「…なんだ。寝てるのか。‥‥寝顔は同じなんだがなあ‥‥」

静かに歩み寄ると、そっと彼を覗き込みながらぽつりと零す。

「…同じ‥って?」

「うわ! お・起きてるなら言えよ。」

ぱっちり瞳を開いた彼に、数歩退いたオルガが苦い顔をした。

「今起きたんだよ。…で。同じって何?」

のろのろと身体を起こした鷹耶が、再び訊いてきた。

「…お前。やっぱり思い出せねーか?」

「何を?」

「この3日の事さ。」

「きれいさっぱり。」

「マジかよ〜? それはあんまりだと思うぜ?」

ガッカリ項垂れてしまうオルガ。

「…あんたが。あんたが側に居たのは…なんとなく覚えてるけど。

 なんかいろんな夢とごっちゃになってるみてーでさ。悪いな。」

「…お前。昼飯は食えそうか? 食えそうなら、朝のスープ温めてくるぜ?」

内心の動揺を飲み込みながら、努めて冷静にオルガが訊ねた。

「あんまり欲しくねーかも。」

「そっか。熱はどうだ? ‥‥‥う〜ん。まだ高めだなあ。」

額と首筋に手をあてて確認したオルガが溜息混じりに零す。

「後で氷屋が来てくれるからさ。そしたらその枕も替えてやるな。

氷水ならまだちょっとは持ちそうだから、しばらくそれで凌いでな。」

そう言い残し、彼は寝室を後にした。



「鷹耶。お前、これなら飲めねーか?」

買って来たばかりのミルクをカップに注いだオルガが、寝室の入口で声をかけた。

「新鮮なミルクだぜ。どうだ?」

「ミルク? …温いのか?」

「ん‥ああ。まだ温かいな。なんだ。冷たい方がいいか?」

「…それなら飲めるかも。」

「解った。じゃ‥ちょっと待ってな。」



「ほらよ。お待たせ。結局氷は全部使っちまった。」

しばらくして。コップに注ぎ直されたミルクを持ったオルガが戻って来た。

「それが飲めたら薬飲んで、また寝てろ。」

渡されたコップを見つめる鷹耶にオルガが声をかける。

何か言いかけた鷹耶だったが、家の戸を叩く音の方がやや早かった。

トントン。控え目なノックに、オルガは早速反応した。

「氷屋の御用聞きに参りました。」

「おおヒュー。早かったな。丁度良かった。氷がすっからかんになった所でさ。」

「毎度有り♪」

オルガは彼をいつものように台所へと通すと、早速氷を入れる器を揃えた。

「タライの氷はでかい方がいいんだろ? 直接俺が向かおうか?」

寝室のタライを回収しようと向かいかけたオルガを、鷹耶に興味津々なヒューが止めた。

「…とりあえずあいつに聞いてくるから。お前はこれに氷頼む。」

保冷室用の氷皿を指しながら、彼は寝室へと向かった。



「客か?」

寝室へ入ると、鷹耶が早速訊ねてきた。

「氷屋だよ。ここ数日世話になりっぱなしでな。

お前が大分元気になったって話したら、あいさつしたいとか言い出してな。

 どうだ? 嫌なら断るぜ?」

「…別に。構わねーけど?」

「そっか。じゃ、ちょっとだけ相手してやってくれ。」



「初めまして。氷屋ヒューと申します。随分な高熱に見舞われていたとか。

 私の氷がお役に立ったようでなによりです。」

「ああ。俺は鷹耶。あんたにも世話になったみたいだな。礼を言うよ。」

「まだまだ熱が高くあるそうで。氷の用ならいつでもおっしゃって下さいな。」

ヒューはそう答えると、早速とばかりにタライに大きな氷の塊を作り出した。

「へえ〜。ここでは魔法が商売になるんだな。面白いな。」

「意外に重宝がられてますよ。ここは特にいろんな商いが犇いてる国ですから。」

「でかい国みてーだな。」

「ええ。多分一番の商業都市だと思いますよ。」

「はあ…。っつー事は。人探しも楽じゃねーんだろうな…。」

「人を探してるんですかい?」

「あ‥ああ。占い師と踊り子の姉妹をな。」

「占い師に踊り子…。それでしたら、ここに寄ったのは正解でしたね。」

戸口に立つオルガに視線を向けながら、ヒューがにっこりと笑んでみせた。

「彼なら強力な助っ人になってくれるはずですよ。ね?」

「…まあな。」



「本当に力になってくれんのか?」

氷屋が帰った後。鷹耶は早速確認するように聞いてきた。

「ああ。構わねーぜ。捜してるのが占い師や踊り子なら、まるきり伝がない訳でもねー

しな。詳しく話してみろよ?」

鷹耶はブランカで聞いた情報をオルガに話して聞かせた。

「‥‥ふん。まあなんとか捜してみよう。」

「頼む。今は何より時間が惜しいんだ。」

「鷹耶。人探しは手伝おう。だがな。仮に見つかったとしても。

 お前が全快するまでは、ここから出さねーからな。お前はまず身体を治せ。」

「‥‥判ってる。オルガ。ありがとうな。」

「ほら。まだ熱が高いんだから寝てろ。今日は仕事持ち帰ってるから、向こうにいるから。

 なにかあれば呼べ。」

「そこの机でやらねーのか?」

ベッドサイドの小机の向こうに見える机に視線をやった鷹耶が訊ねた。

「お前がゆっくり眠れねーだろ?」

「別に‥。んな事ねーよ。」

ぷい‥と顔を背けながら答える姿は、昨日までの彼とやはり似ていた。

「じゃ‥こっちでやらせて貰おうかな。その方が俺も楽だしな。」



―――独りは寂しい。

そんな表情をほとんど見せない今の鷹耶だが、昨日までの姿を内に秘めてるだけなんだ

ろう…と、オルガは思った。

(素直じゃねーな。)

柔らかな寝息を立て始めた彼を見ながら、小さく嘆息する。

いつもなら面倒で堪らない書類書きも、風変わりな迷い鳥の世話の合間なら楽しくさえ思える

午後だった。



2003/11/20



2003/11/20

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