「申し訳ありませんでした。みなさん。」

彼女の部屋へ通されると、薄桜色の長い髪の少女が深々と頭を下げた。

エルフの特徴であるという、尖った耳。優しい翠色の瞳。

彼女は4人をソファへ案内すると、暖かい湯気の上がる飲み物を持って戻って来た。

全員に飲み物が渡り、ロザリーも1人掛けのソファへ腰を下ろす。

それぞれが自己紹介を簡単に済ませると、ロザリーは早速本題へと話を進めた。

「…世界が魔物達によって、滅ぼされようとしているのです。

 魔物達を操っている者の名前はピサロ。

 今はデスピサロと名乗り、進化の秘法で更に恐ろしい存在になろうとしています。

 お願いです! ピサロ様の…いいえ、デスピサロの野望を打ち砕いて下さい。

 私はあの方にこれ以上罪を重ねさせたくありません。

 たとえそれが‥あの人の生命を奪う事になろうとも‥‥。うっう‥‥‥‥」

思い詰めたように語る彼女の瞳から、大粒の涙が次々こぼれ落ちた。

雫は、頬を伝う間に紅い塊へと変わってゆく…

(これが…ルビーの涙‥?)

ソロはこぼれ落ちた塊を1つ手に取ったが、軽い力が加わっただけで、それはまるで雪の

結晶のように、さらさらと砕け消えていった。

「…ロザリー様。」

下がっているよう命令されていた鎧の騎士(ピサロナイトというらしい)が、彼女のすす

り泣く声を心配したように、小さなノックの後、部屋へ入って来た。

「この者達が何か‥?」

低い声音でオレ達を見据えながら、彼が問いかける。

ロザリーは否定するよう首を振ると、「違うのよ‥」と小さく答えた。

「ロザリーは、彼がどこに居るか判る?」

アリーナの問いかけに、彼女は静かに首を振った。

「すみません…。私はあの方の事を、ほとんど知らないのです。

 何年か前、人間に追われてた所を助けられて…それ以来、こうしてここで匿って下さっ

 て…。時折こちらへ訪なって下さいますが、それ以上には何も‥‥」

「彼はよくこちらへ来るのですか?」

ソロの隣に腰掛けていたクリフトが訊ねた。

「…以前はそうでしたが。人間を滅ぼす…とおっしゃられてからは余り…」

ロザリーが寂しげに微笑みを作った。

「ロザリー様…」

彼女の後ろで控えるように立っていた鎧の騎士がぽつりと案じるような呟きをこぼした。

(…あれ?)

ソロはその声に聴き覚えがある気がして、ずっと俯かせていた頭を上げ彼へ視線を移した。

蒼い双眸が彼へ向けられる。

(‥この人…もしかして‥‥‥?)

ぼんやりと彼を見つめるソロの様子に、一同の視線が集まった。

「ソロ、どうかしたの?」

「…え? あ‥。う‥ううん。別に…なんでも‥‥‥」

騎士からアリーナへ目線を移すと、多少狼狽えながらも平静を装い返す。  
狼狽え→うろたえ

ぽむ!

その一連の様子を眺めていたロザリーが、突然「ああ」と得心したよう手を打った。

「翠のウサギさん!」

続けて発せられた謎の台詞に、4人がきょとんと彼女を見つめる。

「ロザリー。なあに、その翠のウサギさん‥って?」

好奇心旺盛なアリーナが訊ねた。

「え‥? あら‥いやだわ。私ったら…。ごめんなさい、突飛な声出して。」

…声もそうだが、内容の方が余程突飛で、理解不能だったのだが。

ロザリーはそれ以上語るつもりはないらしく、先程までの悲愴感溢れた様子とは打って

変わった明るい表情で、ただ微笑んでいた。



結局、夜も大分更けてしまった‥という事で。彼らは彼女の部屋をお暇する事となった。

「ロザリー、お話いろいろありがとう。また遊びに来てもいいかしら? お友達として。」

「まあ。嬉しいわ。是非いらして下さい。ナイトさんにも伝えておきますから。」

扉の内と外で、アリーナとロザリーが手を取り合う。

そのまま4人は踵を返し、場を去ろうとしたのだが…

ロザリーが真っ先に去ろうとしていたソロを呼び止めた。

「…なんですか?」

仕方なく彼女の側へ引き返したソロが、少し苦い顔で訊ねる。

「‥もしご迷惑でなかったら、後でお独りで来て下さらない?

 ずっとお逢いしたいと思ってたのよ、あなたと。」

耳元でひっそりと、彼女が囁いた。

「どうして…?」

あまりに思いがけない申し出に困惑顔を隠せないソロがひそやかに返す。

「ふふ‥。2人きりで語り合いたかったの。あなたもじゃない?」

愉しげなロザリーに、ソロが訝しげに眉を顰める。

「不愉快な話じゃないから。安心していらして。ね?」

ソロは不承不承頷いた。

「それでは後程、塔の裏にいらして下さい。迎えを待たせておきますから。」



「ソロ‥ロザリーと何を話し込んでいたの?」

塔の階段を降りながら、アリーナが訊ねた。

「え…。ん‥えっと、あの教会で動物達が言ってた事と似た事をちょっと…」

「教会の動物達…?」

「ああ。普通の人間とは匂いが違うとか…。確か云われてましたね。」

尚も不思議そうに言うアリーナに、クリフトが答えた。

「うん…。まあ‥そんなトコ…」

ソロが天女絡みの話も敬遠している事を知る一同は、それ以上彼に言葉を求めなかった。



宿へ戻った一行は、それぞれ部屋へ戻り、今夜は身体を休める事となった。

ソロはクリフトと共に部屋へ戻ると、そのまま着替えを手に1階の浴場へ2人して向かっ

た。先程の戦闘ですっかり汗まみれとなった身体を、一刻も早く洗い流してしまいたかっ

たのだ。

「今日は流石に疲れましたね…」

浴場を目指しながら、クリフトが気遣うように声をかけた。

「…うん。そうだね‥。」

「明日はもう少しこの村で聞き込みをして、それからエンドールへ向かいますか?」

ロザリーの部屋を出た後、小さなスライムから情報を得る事が出来た彼らは、既に次の

目的地を決めていた。

「うん…。出来ればもう少し、情報得られるとありがたいよね。」





「‥あのさ、クリフト。オレ‥ちょっと出て来ようと思うんだけど…。」

風呂を済ませ部屋へ戻ると、ベッドに腰掛けくつろぐクリフトに、ソロが遠慮がちに切り

出した。

「えっと…そんなに遅くはならないと思うけどさ。あの…」

「ええ‥誰にも話しませんよ。今夜はもう部屋を訪ねて来る方も居ないでしょうし。」

「ありがとう。いつもごめんね。」

クリフトはソロの肩に手を置くと、柔らかく微笑んだ。

「誰だってプライベートな時間を持ちたい時はあるものです。旅に支障なく、あなたの身

 に危険が及ばない限りに於いてなら、自由時間をどう過ごされても問題ないでしょう。」

「ありがとう…。じゃ‥行って来ます。」



ソロは部屋のある2階の窓から飛び降りると、そのまま夜の闇に紛れるよう密やかに移動

した。

それを見送ったクリフトは、闇に浮かぶ小塔へと視線を移し嘆息する。

彼が向かった先は、塔とは反対の方角だったのだが、今夜の外出は、先程逢ったロザリー

の元なのではないか…そう漠然と感じていた。

それが先程彼女に耳打ちされたという天女絡みの話なのか、彼を庇い亡くなったという幼

なじみのエルフの少女の話なのか、クリフトには判断着かなかったが。

何故かそう思えてならなかったのだ。



「…遅かったですね。」

約束の場所へ着くと、塔に身体を預けていた男が小さく声をかけて来た。

黒っぽくラフな服装に、赤く短い髪をした魔族の青年。

「‥やっぱり、あんただったんだな…。」

見た事のある男の姿に、ソロが低い声で答えた。

「あんな鎧着けてるから、最初解らなかったよ。…アドン‥だっけ?」

「…役目に障りがあるので、ピサロナイト‥とお呼び下さい。」

いつになく厳しく威圧的な命令口調で彼が話す。

ソロは神妙に頷くと、穏やかな表情に戻った。

「‥ちょっと失礼します。」

そう断ると、彼はそっとソロを抱き寄せ、そのまま塔の屋上へ跳んだ。

音を立てず屋上へ降り立った彼は、すぐにソロを降ろした。

そして塔をぐるりと囲む壁の一部に手を翳し、隠し階段を開く。

魔法陣のような小さな光りが浮かび上がると同時に、隠れた入り口が現れたのだ。

「こちらへ。」

彼に促され、ソロはその後に続く。

階段を降りると、その先に更に階下へ続く階段が在った。

右手に伸びる通路の先には、ロザリーの部屋がある扉が見える。

「ロザリー様にはしばらく席を外すよう申し付けられていますので、お独りでいらして下

 さい。では…」

軽く会釈をすると、彼は手前にある小さな扉の奥に消えて行った。

独り残されてしまったソロが、眼前に在る重厚な扉を見つめる。

「はあ…」

小さな吐息の後、ソロは覚悟を決めたように、彼女の部屋をノックした。

かちゃり…

静かに開かれた扉から、先程の少女が笑みを持って訪問者を迎え入れた。

「お待ちしてましたわ。どうぞ。」



「ごめんなさいね。強引な誘い方をしてしまって‥。」

ソファへ案内されると、用意してあったお茶がティーカップに注がれ、皿にきれいに並べ

られた菓子も一緒に進められた。

「甘いお菓子がお好きと伺ったので、お口に合えば良いのですけど‥」

「はあ…。あの‥それで、話って‥‥?」

居心地の悪さを覚えながら、ソロが早速用件をと切り出した。

「ああ‥そうでしたわね。」

ロザリーはにっこりと微笑むと、淹れた紅茶を口に含んだ。

「私ね‥ずっとあなたにお逢いしたいと思ってましたのよ。

 初めてあなたのお話を、ピサロ様から聞かされた時から、ずっと‥。」

「えっ? ピサロが‥あなたに!? 話したって…何を…?」

余りに思いがけない言葉に、ソロが頬を染め上げ混乱を示し、立ち上がった。

「どうぞ落ち着きになって下さいな。」

彼の反応にクスクス微笑いながらも、席に着くよう彼女が促した。

「あの方は‥あまりご自分のお話はなされないのですが。

 ある時あんまりご機嫌がよろしかったので、私お訊ねしたんです。そうしたら…」

ロザリーはピサロが初めてソロの事をロザリーに話した時の様子を語り出した。



「‥ピサロ様はああ見えて、本当は小動物のような可愛らしい生き物がお好きで…。

 この塔にもスラリンという子供のスライムが住んでますけど。あの子もあの方が私の為

 にと連れて来て下さったのですが。ここへ立ち寄られると、必ずあの子を膝に乗せてい

 たりするんですよ? あの子がピサロ様に懐いてるのが嬉しいのでしょうね。」

余りに意外なピサロの一面に、思わず別人の話を聞いてる気分にソロはなる。

「大抵の動物は、ピサロ様に怯えてしまうので、甘えてくるスラリンが可愛いのでしょう。

 ですから、最初ピサロ様のお話を伺った時は、てっきりそういった小動物と親しくなら

 れたのかと‥そう思ってたんですよ。」

「小動物…?」

「ああ‥ごめんなさい。ピサロ様はあまりはっきりおっしゃらなかったので、繋ぎ合わせ

 た情報を勝手に解釈して、そう思ってしまったんです。」

「…あの。もしかして、さっきの翠のウサギ‥って…」

先刻訪れた時に、急に手を打って発した謎の言葉を思い出したソロが、苦々しく訊ねた。

「ええ。私ずっと…ピサロ様が大事になさってるという[変わった動物]を、翠色をした

 ウサギさんかと思ってましたの。」

「変わった動物…?」

「あ‥それはピサロ様が、[変わった奴]とおっしゃってらしたのを、私が勝手に勘違い

 してしまって…。ピサロ様も、特に否定なさらなかったので‥」

失礼な発言と恥じたのか、ロザリーが慌てて言い繕った。

「本当に‥ごめんなさい。」

「あ‥いえ。それより…ずっと動物だと思い込んでいたのに、どうしてそれとオレが結び

 付いてしまったんですか?」

「蒼くて大きな瞳‥そして、さらさらな翠の髪。ピサロ様は動物とも人間とも、断言して

 た訳ではなかったので。ああ‥あなただったのだ…と。」

「ロザリー‥‥‥」

「あなたなのでしょう?」

きっぱりと断言するよう笑んだ彼女が回答を求めた。

「だけど…オレは‥。あいつに村を滅ぼされて、大事な幼なじみまで、オレの身代わりに

 殺されてるんだ――。奴とは敵同士なんだよ?」          
愁かった→つらかった

「…そうだったのですか。村を‥‥。それはお愁かったでしょうね‥。」 

「…オレの身代わりに殺された幼なじみは‥あなたと同じエルフでした。」

「え…?」

「もし‥あの時…彼女がオレの姿に身を変えてなかったら…。

 殺される事はなかったかも知れない。」

ソロは愁そうに、胸のペンダントを服の上から握り込んだ。

「ソロさん…。酷な事を申してしまいますが。ピサロ様は、ご自分に刃向かう者へは容赦

 致しません。その女性に戦う意志が有れば、たとえエルフでも‥‥‥」

「じゃ…どうして‥‥‥!」

言いかけて、ハッとソロは口を噤んだ。その先を話せば、彼女の云う通りだと認めてしま

う事になる。

「とにかく。オレと奴は敵同士。オレは勇者で‥奴は魔族の王。それだけです。」

そう言うとソロは立ち上がった。