「見返り…?」
「そうだ。奈落が開く直前まで待てば、抹殺に要する負担は確実に増す。
 貴様はそれに見合うだけのモノとして、何が差し出せる?」
「私にあるのはこの身だけです。命を差し出せと仰るならば、喜んで差し上げますが‥」
「命など差し出されても面白くもないわ。気に入らねば迷わず刎ねるだけだしな‥」
(まあ‥そうでしょうねえ…)
真顔で返された不穏当な台詞に動じる事もなく、アドンはどうしたものかと首を捻る。
「…なんですか?」
しばらく考え事に耽っていると、短く逆立った赤い髪にさわさわ悪戯されて、怪訝そうに隣に座ったままの皇子を窺った。
「‥赤い髪だな。アレの瞳は紅玉だったと聞くが、似てるのか?」
「ピサロ様の瞳はもっと美しい紅ですよ。私の髪と似てるなんてとんでもないです…」
アドンの口元がふと和らぐのを見て、憮然となったアルバールが唇を尖らせる。
「貴様も‥奴と寝たのか?」
「は…?」
「アレも手が早いのだろう? 貴様も奴の手つきなのか?」
 訝る皇子に言葉の意味を計り兼ねていたアドンが頓狂な顔を浮かべたが、その意味を把握するなり顔色を変えた。
「あ‥ある訳ないでしょう! 大体あの方は確かに来る者拒まずの節操なしでしたが…
 私の知る限り、男に手を出したのは彼だけですから!」
程よく酒が回っているのもあってか、うっかり失言も雑ぜ、きっぱりと否定する。
「ほう…来る者拒まずね。その辺りは似ているらしい‥」
(…似ているのは、そこだけじゃありません‥)
なんとなく疲れたものを感じて、こっそり嘆息すると、髪を悪戯していた手が彼の肩にと降りた。更に躰が密着して来て、グッと全身が強ばってしまうアドン。
「あ‥あの…?」
無下に振り払う訳にも行かなくて。遠慮がちに声を掛ける。
「だが‥私は男女の区別はしない性質でな。」
「はあ…」
厭な汗が吹き出すのを感じながら、アドンがとりあえず相槌を打つ。
「貴様がアレの手つきじゃないなら、問題あるまい?」
(な‥何が――!?)
「地上育ちの魔族‥というのも興があるとは思わぬか…」
肩を抱く腕の力が込められて、もう片方の手が顎を捉え上向かせて来る。覗き込んで来るよく知った整い過ぎた顔立ちに、全く知らないアイスブルーの眸がアップで迫って来て、アドンは堪らず立ち上がってしまった。
 急に動いた事で、一気にアルコールが回ったのか。アドンの視界が暗転する。
 そこでふっつり記憶が途絶えた。


 ガンガンガン…
 頭の中で重苦しい鐘の音が響き渡るのを覚えながら、アドンは目を覚ました。
「酷い夢だったな…」
そう独りごちて、周囲の様子を確認しようと身体を起こす。
薄暗い室内のベッドで横になっているのは理解したが、昼間通された部屋とはどうも違うように感じる。
「もう目を覚ましたのか?」
あまり考えたくない可能性を否定する前に、元凶とも言える主の声が明かりのある隣室の方から届いた。
「あ‥アルバール殿下。ここは…」
「私の部屋だ。貴様が酔い潰れてしまったのでな。トーガに運ばせたのだ。」
(どうせ運んでくれるなら、客間に戻してくれればいいのに…)
戸口で腕組みしてこちらを興味深げに眺める皇子の視線から逃れるよう俯いて、埒もない事を考えてしまう。
「何故こちらに…?」
「アレの為に、その身を差し出してくれるのだろう?」
(…そういう意味合いになるとは、全く思い至らなかったんですが…)
ニッと人が悪そうに笑んだ後、ゆっくりした足取りでやって来る皇子を困ったよう眺め、アドンがどうにか躱せないものかと思考巡らせる。
「生娘みたいな顔しているが‥よもや色事に無縁だったとは申さぬよな?」
ベッド脇に立った皇子が、スッと彼の顎をすくい上げ眉を寄せた。
「無縁だった訳では…。けれど‥その‥‥」
頬に朱を走らせて、アドンが言い淀んだ。
「男は初めてか?」
ひっそり耳元で囁かれ、一段と身を固くしたアドンが小さく頷く。
「‥ですから、その…満足しては頂けないかと…」
「問題ない。寧ろ興が乗ったぞ。」
心なし弾んで聴こえる声で返されて、アドンは頭に響く鐘の音が、更に重さが増すのを感じてしまう。どうも回避は不可能らしい…
「…殿下。約束は違えないで下さいますね‥?」
やっと覚悟を決めた瞳で確認すると、皇子が満足げに笑んだ。
「取引成立だな…」
顎を上げさせた指先が彼の唇をそっと撫ぜて離れる。
 腰を抱いた腕がアドンの動きを封じると、口接けが降りた。
「んっ…ふ‥‥‥」
疑固地なく受け止めた彼に構わず、強引に滑り込ませた舌が口腔内を好き勝手に貪ってゆく。
深い口接けは、先程の酒より性質悪く彼の思考を惑乱する。
酷く自分勝手なようでいて、情動を煽っていくような‥そんな口接けがあるものかと、妙な感心すら覚えた。
「はあ…はあ…」
やっと唇が解放されると、足りない酸素を補うように息を継ぐ。
「旅装束も悪くなかったが‥この衣装もよく似合っている。‥まあ、今は邪魔だがな…」
夕食前に着替えるよう指示されて、身奇麗にした後用意された衣装に着替えていたアドンだったが、アルバールは慣れた手つきで黒地のブラウスのボタンを外し前をはだけさせた。スルスルと肌触りの良い生地がそのまますとんとベッドの上に落ちた。
「ふむ‥思っていたより鍛えられてはいるようだな。」
ス‥と肩から胸、腹の筋肉を確認するよう滑った指先は、特に反応する事もなかったが‥
「だが‥色事には余り免疫なかった様子…」
「うあっ‥、で‥殿‥下…っ、‥‥‥」
キュッと胸の先端の、それまで特段意識した事もなかった箇所を摘まみ上げられて、アドンがビックリと躰を跳ねさせた。
相手が何の利害関係もなかったならば、その居心地悪さに突き飛ばして逃げ出したかも知れない。
「あ‥あの‥‥っ、そ…ん‥っ‥‥‥っく…」
精一杯己を律して、どうにかそんな衝動を抑え込んでいたが。ジッと動けずにいる彼の胸を執拗に弄ってくる皇子の指先が離れたと思うと、ジンジン痛みにも似た感覚を覚え始めた尖りに、唇が降りた。
濡れた感触が熱を帯びていた先端を包み込み、ざらりとしたモノがぷっくりと立った尖りの根元を周回するよう這って来る。
 ゾクゾクと肌が粟立つのを覚えて背が撓ると、クスリと笑う気配が胸から伝わった。
「う‥あっ、…っ、はあ‥‥っ‥‥あ‥」
更に彼を追い込むように、その先端を唇全体できつく吸われて、ぞろりと強いタッチで舐め上げられた。
その途端生じた自身の声音に、アドンはビックリと途惑ってしまう。
「ふふふ…これなら互いに愉しめそうだな…。悪くないだろう‥?」
「そん‥な…事っ、あっ‥っく、もうそこは‥‥っ‥‥‥」
先程とは反対の蕾を唇に含まれて、アドンがやんわり押し戻そうと手を上げたが、既に赤く熟れている蕾を指が捉えると、ドクンと熱い衝動が腹の下から沸き上がるのを感じて、腕から力が抜けてしまった。

「で…殿下、もう‥これ以上は‥‥あっ‥」
 いつの間にか着ていた衣服をすべて剥がされしまっていたアドンは、ベッドに仰向けに縫い止められたまま、緩々と愛撫を受け続けていた。胸から始まった執拗なその施しは、
耳や首筋、脇腹‥と場所を変えながら、躯の奥に灯った焔に勢いをつかせ、燻った熱は放出を待ち兼ねるよう堅くそそり立つ欲望から樹液を染み出させていた。
 だが極める前にはぐらかされ、思うように達せられないもどかしさがジワジワと彼の惑いを払拭させて行く。
 組み伏せられた時、その銀色に流れる髪を見て、アドンは一瞬目を見開いた。そしてアイスブルーの目線とかち合うと、いたたまれない面持ちで顔を反らし瞳を伏せた。
『そんなに似ているか?』
『…ええ』
『アレでなくて‥ガッカリしたか…?』
横向いた顔を掬うように手を伸ばされて、ほんの少し寂寥感を帯びた声音が耳朶に響いた。
『そういうのでは…ただ、いろいろと混乱してしまってるだけです…すみません‥』
 自身でさえ、上手にこの感情を表す言葉が見つからずにいるアドンだったので。それを他者に説明するのは酷く困難な上、今現在躯を侵食しつつある感覚が、更にそれを難しくさせていた。だから、それしか言えなかったのだが…
 アルバールは全く別の解釈をした。躰の関係になかったのは事実だろうが、この魔界まで弟を追って来た真実の理由は忠義からではない、別の感情があっての事ではないかと…
そう思うと、弟とは違う己の存在をその躰に刻みつけてやろうという気持ちが沸き上がってしまい、常とは違ったやり方でしつこく舐ってしまった。
 最初は対抗意識‥みたいなものだったソレが、彼の翻弄される姿を眺めるうちに目的が変化を始める。鳶色の眸は快楽に染まると一層赤みが況して、希少な宝石にも似た輝きを彷彿させ、更に磨いてみたい衝動へと駆り立てたのだ。
 鮮やかな朱へと変化した瞳が懇願するよう己を見つめて来る。目元を染め潤んだ眸に乞われると、酷い渇きすら覚えた。
「…殿下‥?」
黙々と愛撫を続けていた手が止まったと思うと、大腿を持ち上げられた次の瞬間、それま
で全く触れて来なかった窄まりに熱い切っ先が宛てがわれた。
「え‥ぐっ‥ぁ、ああっ…あ~~~~~!」
何の準備もなく受け入れさせられた熱杭は、酷く凶暴に狭い隧道を切り裂くように穿った。
「なっ‥ああっ…ぐ、ふう‥‥‥っ…」
あまりの痛みに堅く張り詰めていた屹立も勢いを挫かれたが、一旦根元まで納めきった侵入者は、それ以上突き上げる事はなかった。
「もっと時間かけて征服するつもりだったんだがな…」
彼を最奥まで貫いた皇子が、自嘲気味に呟く。躰を重ねるよう密着させると、彼の耳元で艶めいた声音で囁いた。
「煽ったのは貴様だぞ…」
「なっ…私が、いつ…っ、ん‥ん~~~~~」
納得行かないと反論しかけたアドンの唇は、噛み付くような口接けで封じられた。
 まるですべてを奪い尽くそうとでも言うかのような、熱の籠もった口接け。湿った水音を響かせながら、口腔内を我が物顔で巡った舌が、自身のソレに絡まってくると、遠慮がちに応えた。
「ふ‥はっ‥‥、っくぅ…ん…っはぁ‥‥‥」
最初のキスも巧いと思ったけれど…。なんだろう‥さっきとは全然違う気がする…。
 これではまるで、私が酷く欲しがられている‥みたいだ…。
 取引として躰を差し出しただけ‥だったはずなのに。熱っぽい口接けは、そんな錯覚を抱かせる程情感があった。
「はあ…はあ…。殿下‥‥」
やっと解放された唇が、ぽつんと眼前にある男を呼んだ。
「そろそろ動くぞ…」
色に潤んだ眸を満足そうに見た男が、そう宣言すると躰を起こした。
「えっ…うわ…っ、ぁ…ちょ‥っ、く‥‥‥」
 萎えていた彼の中心が硬度を取り戻した頃合いを見計らって、皇子が腰を使い始める。アドンはその慣れない感覚に、ただただ翻弄されてしまう。だが…
「ふ‥ぁっ? あっ…ん…っく‥‥ふ‥ああっ、ま‥っ、そ‥‥‥‥」
 狭い隧道を押し広げて穿って来る凶器が、酷く敏感な箇所を探り当てると、皇子はそこを集中的に責め立てた。どうにも過敏に反応してしまうその箇所を抉られる度、自身でも驚く程甘い衝動が躰の奥から吹き上がって混乱する。
 知識としては知っていたが、実地で知る事になるとは思わなかった。強い酒に呑まれた時にも似た酩酊感が全身を包んで行く。
 貫かれた時の痛みなど、もうどこにもなくて。アドンは耳を塞いでしまいたい自身の喘ぎ声を抑え込む事も適わず、抽挿に翻弄された。
「あっ…ああ…、で…殿下…っ…!」
ストロークの変化に合わせて、アドンは彼の導くままに欲望を解き放った。
 彼もアドンの内奥に白濁を迸らせて、小さく呻いた。そのままずるりと彼の中から身を引くと、ベッドから降りる。脱力したアドンはそんな彼を目で追っていると、ナイトテーブルに置かれていたボトルを手に取り、グラスへと注いでいた。
「貴様も飲むか‥?」
半分程喉に流した皇子が、振り返るとアドンにグラスを差し出した。
「…はい、頂きます…」
正直アルコールよりも水の方が望ましかったが。そう我がままを言える訳もなく、カラカラに渇いた喉を潤せるものならば‥とアドンは頷いた。
 慣れない筋肉を使ったせいか、少々全身が悲鳴を上げていたが、気怠るそうに身を起こしてグラスを受け取る。
ゆっくりと喉を湿らすように口に含むと、嚥下した先からかあっと熱が走り流れた。
「こ‥これ、随分キツクありませんか…?」
噎せるようにしながら、アドンがグラスを返す。
「そうか? そういえば先刻も酒で潰れたのだったな。飲めぬ口か?」
突き返されたグラスを受け取った皇子が、コクコクと残りの酒を飲み干した。
「いえ…そんな事は。ただ‥地上にある酒でも滅多にない強い酒でしたので‥」
「成程な。ならば貴様にはこちらの方が口に合うかもな‥」
そう言って、先程のグラスをテーブルに戻した彼が、細みのグラスに移した水差しのような容器から注いだ飲み物を替わりに寄越した。
 薄い琥珀色した液体から、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「これは‥何ですか?」
受け取ったグラスを顔に近づけて、スンと匂いを嗅ぎ訊ねた。
「泉の木と呼ばれる樹木から湧き出した水だ。こいつより希少なのだぞ。」
酒のボトルを掲げて説明すると、彼は空のグラスにお代わりを注いだ。
 そんな彼の姿を眺めていたアドンだったが、ベッドサイドに戻って来た彼に促されるように、琥珀の液体を口に含んだ。
 水よりもとろみがあるように思われたが、それ程クセもなくサラリとした甘みの液体は、渇いた喉を潤すのにはピッタリの飲み物だった。
「ふう…御馳走様でした…」
一気に飲み干して、やっと人心地ついた面持ちで礼を伝える。
「ふむ‥やはりそちらの方が口に合ったか‥」
「はい‥そうみたいです…ありがとうございました。」
空になったグラスを受け取る皇子に改めて礼を述べると、彼は空になったグラスと自分が持っていた飲みかけの酒の残るグラスを寝台横の小さな台に置いた。
「まあ‥夜は長いからな。休憩挟まないと、初心者にはキツかろう?」
ニっと人の悪い顔で笑んだ皇子が、緊張を解いた様子のアドンの顎を掬いあげた。
「え‥殿下…? ま‥まさか…」
「アレで終わる筈なかろう‥? とっくりと付き合って貰うぞ‥」
そう宣言して。皇子は慌てふためくアドンに濃厚な口接けを贈ったのだった。
「‥で‥殿下、もう勘弁して下さい。そろそろ白の地に戻らないと、ソロさんと接触する機会を逃してしまいます…」



 あれから三日が過ぎていた。
 アルバールはアドンをすっかり気に入った様子で。翌日はベッドから起き上がる事も出来ぬ程消耗していて。やっと回復して来たかと思うと遠慮なく貪られて…
 三度目の晩には、流石のアドンもこれ以上は出立を遅らせられないと、精一杯の拒絶を見せる。
「私としては、まだまだ足りぬのだが…?」
む‥と口をへの字に曲げて告げて来る口ぶりは駄々っ子そのもの。
「…殿下。ソロさんと接触出来て、千年花の件が無事託せた後なら付き合いますから‥
 明日には出立させて頂けませんか?」
「私が満足するまで付き合うか?」
「…せめて期限決めて頂けませんか?」
ここで了承示すと、いつ解放されるか全く読めない相手だと学んだアドンだったので。ここは慎重に交渉を進める。
「‥お前はアレが勇者によって救われると信じているのだったな?」
「はい…」
「ならば…それを見届ける時まで―というのはどうだ?」
にっこりと良い考えが浮かんだとばかりに言い切る皇子に、アドンが渋面を浮かべた。
「どちらにせよ、真実勇者が間に合うのか、見定めるまで私も白の地の監視を続ける責務 があるのでな。私の動きを封じたいならば、お前が躰を張るべきであろう?」
「それは…確かに‥‥‥」
無理言ってギリギリまで動かないよう頼んだのは自分だ。アドンとしては、そんな風に躰を張る羽目になるなんて、ちっとも考えてなかったのだが…
「…分かりました。期限はそれで構いません。ですから今夜は…」
「うむ。では今夜は一回で我慢するとしよう!」


 ご満悦な皇子とは裏腹に、ゲッソリと身が細る思いでアドンがひっそり項垂れる。
 未知の世界だった魔界は、アドンを更なる未知なる扉の先へと誘った――
 

その後、彼の望む通り千年花の奇跡に拠ってピサロが救われたが、やっと主と対面を果たした時に今までと違う緊張がつい走ってしまったのは、アドンの胸の内から速やかに消去された。ついでに魔界でのもろもろも消去したいと強く思うのだった――